4 月 25, 2009 · 未分類
川上祭り

川上祭り

酒波の日置神社と北仰の津野神社の春の例祭である「川上祭」は、毎年4月18日に行われます。酒波区と伊井区は、三谷、平ヶ崎、構区とともに西組に属し、今年は囃子(踊り子)を担当しました。 なかでも、伊井区は15年ぶりに、囃子番の当屋(西組の諸事を行う係)が回ってきて、老司・見習と呼ばれる祭役と区役員が一緒になって、踊り子に扮する子どもたちの稽古や、衣装の着付けなどの準備に追われてきました。囃子の中心で大太鼓を打つ子どもも、当屋の集落から選ばれることとなっています。平ヶ崎の川上馬場では、神輿に始まり、流鏑馬、サンヤレ、大幟と続く出し物の最後を飾るのが囃子です。「とーさんやーれ、にーさんやーれ、やっさ、あれや、あれさんやーれ」というシンダイトリのお囃しに合わせて、踊り子は大太鼓を末尾にV字型に開いた隊形で、馬場の下手から上手に納められた神輿に向かって、鉦、太鼓を打ち鳴らして進みます。祭りの始まりは、平安時代の長暦3年(1042)4月に遡るとされ、さまざまな古式を現在に伝える祭りとして滋賀県無形民俗文化財に選択されています。踊り子の所作もまた、親から子へ、子から孫へと伝えられてきたもので、当日の馬場での主役は、若者であり子どもたちですが、各集落では、老若男女が加わって地域ぐるみで準備が進められます。老人は知恵を大人は経験を若者や子どもに教え、家庭ではお母さんが料理の腕を振るい、嫁いだ娘さんが子どもを伴い帰ってきます。年に一度のお祭りを通じて、私たちは故郷「川上庄」を意識し、郷土を愛する心を育んできました。踊り子の稽古はじめは、4月5日(日)でしたが、この日は、第3回の反対集会とデモ行進の日でもありました。反対集会には、年度初めのお忙しい時期にもかかわらず、今回も200人を超えるみなさまの参加をいただきました。広島DP原告の会からも差し入れをいただきました。本当にありがとうございました。天候にも恵まれ、「ふるさと高島の自然を守ろう!」とうシュプレヒコールが、琵琶湖岸にも届いたとお聞きしました。第2部の自然観察会も多数の参加があり。100部用意した資料がいきわたらなくて申し訳ございませんでした。短い間でしたが、ふるさとの自然と文化を一人ひとりが大切にして守っていかなければならいことを再認識しました。川上祭が、親から子、子から孫へと伝わって来たように、この反対運動も、鳥居の前に施設がある限り、子々孫々へと繋いでいくことを日置神社の神殿に誓ったところです。 この日にお話のあった、川上庄成り立ちの伝説は、次のとおりです。

 

川上を守れ! 神とおろちの戦い (川上庄の昔話から) むかしむかし、近江国(滋賀県)の北西に連なる山の中に、大きな池がありました。そこには大蛇(おろち)が住んでいて、あるときは大風をおこし、またあるときは大雨を降らせ、山を崩して、ふもとの人々を苦しめていました。今から2000年前になると、大蛇の悪行はますますひどくなり、空には厚い黒雲がかかり、太陽の光をさえぎって、暗闇が広がり、ふもとの人々は悲しみにくれていました。そんなある日、急に雷が鳴って、空の黒雲が吹き飛んで青空に変わり、山の高嶺から二人の老人が現れました。この二人は「われらはスサノオノミコトとイナダの神である、この地の大蛇は出雲国のヤマタノオロチの霊魂が生まれ変わったものなので、われらが再び退治した。この剣(つるぎ)のとどまったところを神社としなさい。」といって、大蛇を退治した剣を空に向かって投げました。剣は山と谷を越えてふもとの岩に刺さりました。そこで、その地には岩剣の神が祭られました。それが岩剣の宮と呼ばれる日置(ひおき)神社です。また、もう一人の神が大蛇の角(つの)を取って「これがとどまる場所があるだろう。」といって、角を谷川に投げ入れました。角は川を流れて土や石がたまったところに止まりました。そこには角の神が祭られ津野(つの)神社となりました。二人の神は、大蛇にお酒をたっぷり飲ませて酔ったところを退治しましたが、腹から流れ出したお酒が波打ってふもとの村々に押し寄せました。村人たちはその酒を酌み交わして、平和を祝いました。それを機会に、毎年4月に人々が平ヶ崎の広場に集まってお酒を酌み交わす慣わしが始まりました。最初に酒が流れ着いた村は酒波(さなみ)と呼ばれ、酒の流れた谷川は、いつまでも酒の匂いが仄かに香るので酒匂川(境川)と名付けられました。大蛇が住んでいた池は蛇腹池と呼ばれ、蛇腹池は腹池、原池、原の平、平池と名を変えました。大蛇の腹が赤かったので、腹のあった場所は赤坂、尻尾が見えたところは尾見坂(近江坂)となりました。 また、角を川に流したときに、石が流れて田を埋めたことから、この川は石田川と呼ばれました。そしてこれらは、すべてが川の上流で起こったために、この付近一帯は川上の名がつきました。川上の地名は、「川上」祭として伝わっています。今でも、箱館山スキー場の御殿山や、三重嶽の頂上から北を眺めると、滋賀県と福井県との県境尾根が連なり、山と山が重なりあって、まるで、大蛇がうねうねと横たわっているように見えます

Written by 期成同盟広報部


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